昭和42年06月18日 月次祭
いよいよ、本格的な暑さに向かってまいりました。梅雨の期ともなりますと尚更のこと、いよいよお互い健康の上にもおかげを頂きませんとなりません。とにかく何を言うても、何をするにも体の丈夫が元でございますから体の丈夫を願い、何をするにも体が元なりと仰せられます。丈夫の健康の上にも健康のおかげを頂かなければなりません。そこでいよいよ信心を手厚うさせて頂きまして。
どうぞ夏分に流行いたします。悪い病気などに冒されませぬようにかかりませぬように、または自分だけのことではありませぬ、隣近所の事に至るまで一つ祈れれる、信心を頂きたいと思います。悪い病気が例えば部落に一軒入りますと、もうその部落全体の機能がの障害が起こってくる。ね。いやその部落だけの事じゃありません、大変ないわゆる伝染病などになりますと、そういう困ったことになるのでございますから。
いよいよ、注意する上にも、注意すると同時に、いよいよ、手厚う信心をさせてもらわなければなりません。えらいこう暑くなりますと、身体がだるいきついんです。ね。もう夜更かしでも致しますと、もういよいよあくる日、なんとはなしにだらしい、そこへ病魔のおかすところになるのでございますから。私夕べ休まして頂くのが、もう二時近くでございました。
今朝はもう四時半にこちらへ出てきておりますから、もうほんのわずかの時間、そして暑うございましたから、私が寝巻き一枚で休ませていただいた。朝方やっぱり冷えているんですかね。ほれでこうまあいうなら寝冷えしたふうな感じ、もう気分がスッキリしない。奉仕をさして頂くのにも、いわば生気がない。そういうような午前中でございましたけれども、神様のおかげでのまあどうやら御用をさせてもらいました。
また今日は丁度お月次祭の日に当たっておりますという事と同時に、日曜でございましたですから。日曜のお参りと月次祭のお参りと、私が午前中にとにかく三百名近く、もうお取次ぎさせて頂いております。もういうならばもう今日はもうくたくたです。そのなかにもやっぱりもうほんとにあの深刻なですね、難儀な問題がいくらもあるんです。ですからそういうような事を。
その今日は、身体がちょっと可笑しい上に倦怠こう疲れようがあります上に深刻なお取次ぎを、しかも何百人のお取次ぎをさせて頂いた。もう今日ばっかりはあのちょうど最後のころでしたかね、あの久留米からあの福岡の松村先生がお参りになっておられました。もう本当に私が言うんですよ。もうこういう時には裏のほうへなんか(笑いながら)、もうほんとに、ずばっとこう倒れたらそのまま倒れ込まれるようなね。
こんなエバーソフトの布団でも用意しといてもらって、もうそのままもうっとこう倒れて行きたいごと思うんですがね今日は。と言うてから話した事でございました。本当にきつかった。そういうようにです私は今日はそれでもやっぱり、十二時いっぱいいっぱい御用させて頂いてからあちらへ下がらせて頂いたんです。こう控えのほうへ。そしたらね私のあの大きな応接台の上に、小さいこのくらいばかりのね。
もう何とも言えんあの昔の、よくお年寄りの方達が糸を巻いて造る手まりがありますね。色んな模様を作って、ね。お雛様のときの飾りなんかにこんな大きなのをしたり、このくらいな毬小さい毬なんです。もうなんと言おうか素朴なと言おうかもう、真心を込めなきゃ作られない手毬なんです。今頃例えば皮の手毬があってもビニールの毬があっても。それはまるに違いはございますまいけれども、ああいうその手の入ったというものですかね、真心というですかその手毬がですね私の机の前にあった。
それを見せて頂いた途端にですね、私の心の底から何か知らんけれども熱いものが湧いてくる。はあ素晴らしいまあいいなあと言う口のそこからですね、何か知らんけれども、有難いものがこう湧いてくる。いまま、本当にもう倒われ込んで休みたいごたるきつさがですね。その有難いというか生き生きとした喜びというか。そういうようなものでこう下から押し上げられるような感じなのです。
秋永先生の奥さんと、松村先生とそこへ見えられたもんですから、ちょいと見てご覧なさい、はぁ何て可愛いその毬。もうとにかく久しぶりに見る手毬。もう今頃探そう金で買おうといったってない手毬なんです。そこへ公子さんでしたかやってまいりまして、先生これはね、なんか九十にもなるお婆さんがねこさえられたんだそうですよ。それでこれは勿体ないから椛目の先生に見ていただこうと言うて、あのその方が裏のほうへお供えに持ってきておられた。
それで私の机の上にこうおいてある。しかしたったそれだけでですね、私の心の中に生き生きしたものが蘇える。さあそれからまた次々とお参りがございましたから、もうとにかく夕方まで、今日はお取次ぎさせた頂いたんですよ。ね。私がね今日皆さんにこの分かって頂きたいのは、この辺の事なんです。なるほど暑さに向かう身体はきつい、確かにだるい夜更かしでもするともういよいよ、あふあふ言おうごたる。
お腹でも冷やしたらもう何か知らん、こう吐き気が来る、むかつきがするような寝冷えでも致しますと、それが一つの、病気の元にもなるような中にありましてもです、信心の喜びというものは、そう言う様な一切のものをです、言うなら解毒の作用とでも申しましょうか。ね。もう何とも言い知れぬ、有り難いもので私の心の中いっぱいに、それが広がっていく時にです。その仕えというかまあ病訓というか。
そう言う様なものが押し上げられて、なくなって行く様な気が致します。いや気が致しますだけではないそのこの御用がです生々として出来ると言う事が、ね。人の真心というものは本当に有難い。小さいね手で作ったその毬が私の心を今日一日その手毬が支えたのじゃない、その手毬に込められておる所の思いが真心が私をして、今日は一日御用有難くさしてくれたという事になるのですよ。ね。
信心しておかげを受けると言う事はね。そう言う様な事だと私は思うのです。今日は丁度繁雄さんが髭をあたりに、夕方来て髭剃ってもらおうかと言いよることろへ、遠方からお参りになって、先生にお会いしたいと言いよる。言ってみたところが、も前に一回、二、三回参って来ておる方であった。それで初めての方をお導きして参って来ておる。子供さん連れで五人だから六人連れで参ってこられた。
八女郡の黒木という町から参ってきておる。あの大藤のあるところで有名な。建設業を営んでおる。一月じゃあないまだここの御造営が、まだこちらへ移ってない完了したばっかりの時分にお参りをしてきて、先生の話しを頂いたというが、私記憶がなかった。一人の人は何回か参ってきてからおかげを受けて、今日はお礼参拝してきた。その人がですね黒木の教会に大体おかげを頂いておる。
呉服屋というけれどもまあ私の考えでは、まあ行商の呉服屋さんらしい。先生私は椛目に椛目のとき、これがねその一番初めに椛目の信心を知ったというのは、御本部参拝のときだった。先生ここにあのお婆ちゃんでな、何山さんかち言うてからお魚屋さんがおりなさいますでしょう、仕出し屋さんが。何山さんというのは秋山さん、秋山さんのこっじゃろ、お婆ちゃんですよね。
そうですお婆ちゃんです。その方がです御本部の帰りに汽車の中でですね、もうとにかく今椛目の先生は、もうとにかく日本一の御徳の高い先生だからと、一生懸命に話しておられる。それがその汽車の後ろでこう聞き耳立てておる。ほう椛目というところには、そげんその徳の高い先生がござるじゃろかと。そして自分のおかげを受けた話を一生懸命に隣の人にしておられた。
いうならば一遍椛目におかげを頂きたい、何かおかげをいた、その都合が出来たらおかげを頂きたいと思うておるところへ、商売上の難儀な問題が起こったので、とにかくお伺いに来たりお願いに来たりしたのが初めてなんです。ほんとにおかげを受けてからそのおかげの喜びが、汽車の中でしかもそういう人にこう伝わっておる。ね。私は言うならばその秋山さんのお婆ちゃんから、お導きをされたようなものなのです。それを今日私は初めて聞かせてもらった。
どうにもこうにも経済のほうが、もうにっちもさっちもいかん。もうこれでこのまま行くなら商売止めにゃいかん。それの上に二十万という、まその方にとっては大金をです。誰々さんに借りてあるのが、もう来月の何時は来月の何時はと言うてもういよいよ、おそもどう逃げも隠れも出来ないところまで至っておる。ところが一週間後に手形がある。そのお金はあるけれどもこの二十万を払うたら手形のほうが落ちない。
どう言う様にさして頂いたらよかろうかというお伺いである。手形のことは手形の事、もう一週間あるから。私がもうそれこそ神さんがお供えするごたる気持ちで、あの払いなさいと私が言った。そしたらもうそりば聞いてですね、もう今までも引っ掛かっておると思う人が、私が払うならどげん喜ぶじゃろかと言うてから言われるんですよ。もう今までは払わじゃったけん。永い間。
それも向こうは引っ掛かっとろうと思うてあるけん、もうてんでんもう、そ来るたんべんに悪言雑言いうて言いなはる。そるけんち言うてもう払えない。けれどももういよいよその日にちが切迫しておるが。払えばもう手形のほうが落ちなくなるしどうしたもんかと、こういう訳でございます。それで私が先生もうえらぁいあっさり言いなさいますが、ほんなこて良かってすかち言う。そっでからいいですよと。
あんたがね神様へそん二十万円ばお供えするごたる気持ちで、有難うあのお供えさして頂くつもりでお支払いをさして頂きなさいと。もうそしたら相手の人がどげん喜ぶじゃらわからんち言うて、ほんなごと喜ばれましたよ。大体払わんという腹じゃないとじゃけん。本当に払うてから向こうにも喜んでもらいたい、安心して貰いたい気持ちは十分にあるのですから。けども実際は払われんのだ。
さそこで思い切ってもうそれっこそもう、それはもう大変なもう大変なその面白い方ですがね。ご婦人の方ですが。もうほんとにもう一生懸命の思いで払わせて頂いた。もうそれこそ向こうはもう払うて貰うた方はですね。もうそれこそただ貰うたごと喜んで、ほんなごて帰りなさった。あんたがこげんして払わるるとにほんな、何とかかんとか言うてはらわんもんじゃきんち言うちから。
いやそげなこっじゃなか、今日私は合楽にお参りさして頂いたら、もうこれを払うたら、私はどうにもこうにも出来んとじゃけれども、先生が払うと言う事、ね。払いなさい神様にお供えする気持ちで払いなさいちいわしたけん、もう私はほんなごてそげな気持ちで、ああたに払いよるとですよ。もうそげな先生がござっですかち、もう相手までたまがりなさった。ところが一週間目の手形はおかげで見事に落ちた。
そして先生今日までです、あのまだ不自由困っておるけれども、あの時分のようには困らないという、おかげを現在受けております。先生この調子で行くなら私は八女郡一番の、いわば呉服屋になろうという、なれるだろうという気持ちが湧いてきたとこういう。ね。それで私が申しました。そげな考え方は止めないかんよ。私も日本一を願っておるばってんか、日本一の教会になろてなんてな思わん。
ばってん私は日本一有難い私になりたいと、私は願うておる。あんたはもう日本一までにはいかんけん、私がもう日本一にならなんけん(笑いながら)あんたが日本一なると困るからね。あんたはもう八女郡一番に一丁有難い人にならせて頂いたら、どうですか。ね。八女郡一番の呉服屋さんになるよりも、八女郡一番に有難い呉服屋さんという事にならして頂いたほうがおかげですよ。
そらやっぱり信心の稽古しているから分かる。その方と一緒に付いてきておりました方は、これは建設業の方なんです。親子五人で参ってきてある。可愛らしい息子さんたち三人連れてきてある。面白い色々話しよった。もう中学校の一年生、それから小学校の、四年生と一年生。一年生か一番下のは。それが先生この子は名前が、あの鈴の介ち言います。(笑い)難しい名前付けられたね。赤胴鈴の介のごたるじゃん。
いいえ先生それがああた、どげんつけて良かじゃ分からんじゃったけん、あの時分に、ずうっと漫画が出てきよりましたでしょうが、赤胴鈴の介がそれでから、はっはっはそれで鈴の介ちつけましたち。(一同笑い)それでもう今からああた、これがもう学校行ったら剣道習うち言いよります。本当に赤胴鈴の介を目指すらしい。その上の何が(ヨシノリ)さんち言う良か名前。
それがまたこれが名前作るときも、面白かっですもんね。上んとが小児喘息じゃったぎな、そるきん喘息ちつけたげな(一同笑い)喘息ち書いておる。そしてヨシノリと呼ぶ。もうやっぱり子供の名前やらはですね、やっぱりほんにどげんつけていいやら分からんですけんね。私が北京におるときにそげん人がありましたよ。どげんつけて良かじゃ分からん。正月のこつじゃけんでカレンダーば配ってきとる。
そるきんほんなら暦と付けとこうち。(一同笑い)はっはっはは、あっさりしたこつですね。私は今日お月次祭の丁度一時間前に、上滝さんところの御霊さんの式念祭を奉仕させていただいた。もう上滝さんが亡くなって、まる十五年になるんです。あの時分から、御信者さん方は、本当にあの上滝さんと言うただけでも懐かしい方でした。もう椛目のもうそれこそ人気者でした。もう大変なおかげの手本を示された方でした。
ところがどういう神様の御神意であったか、ね。もう本当に完璧というほどのおかげを受けておる。西鉄に努めておられたが、西鉄に復職のおかげを頂いて、ね。あれも整いこれも整いさあこれからはという時に、もうそれこそあっという間に亡くなられた。もうあぁもすうも言う暇のないごと。私はあん時ばかりは、朝まあだ休んでおりました。そしたら大和さんのお父さんがお届けにやってまいりました。
上滝さんが亡くなった。私はもう本当にもうそれこそ自分の耳を疑いました。もう寝巻きのままでしたから、御神前に出るわけいかんから、ずうっと便所の中に入りました。もう便所の中で心ば落ち着けようと思うて、一生もうあの時分の信心なまあだあのくらいじゃったなあと自分で思うんですよ。もうとにかく御神前に出る気持ちが起こってこんのです、落ち着かんのですあまりものことですから。
私がほんの前の前の日に会っておるばっかり。前日に丁度久富、久富先生ところの宅祭りの日だった。今月の丁度二十四日です。だからちょっと何日かお取り越しになってるわけなんです。それで私もほんならご承知のように、もう一晩泊まりでお話し続けておりましたからその晩は、久富先生のところに泊まらせて頂いておりましたら、あのう上滝さんが一遍帰られた。
それから西鉄に勤めておられるのですから、あの先生のところのの前を通って、それから二階に上がってきて私を起こしてから、先生今から勤めに出よりますからと。私がぐっすり寝とったもんですから布団をはぐって、私の手を握ってから一生懸命こう揺り起こす。目をさめたら上滝さんが私の手をこう握っておる。先生今からあのいきよる、私はそん時にしきりにお夢を頂きよった。
ですから後から考えて見ますと、もうその事のやはり事を神様は、感じらせて下さっておったんです。その翌日の事でございますからねえ。もうびっくりするもなんも、もうそれこそ卵の切れんばかりの驚きでございました。当時はですねもうご信者さんがですね半分に減りましたよ。あれほどのおかげを受けた人が、あれだけの信心を頂きよった人が、とみんながまあだ、椛目の信心はやっぱ結局。
その程度であったなあという事を、今から思います。ね。例えていうならそういうような意味合いのことは次から次と、椛目の私はここが教会なら、私は教会長としてのおかげを頂かせていただいてら早速、御霊様方の慰霊祭を私が祭主で、それから親類一同で奉仕をしたいと思うております。いわゆるここのお広前の、いわば根とも柱ともなられた御霊様達なんです。指折り数えてみますとですね。
十四名ぐらいあります。なかに上滝さんなんかは一番に入っております。勿論最近では、久保山先生、ね。田代さんあたりの御霊様もはいっておられます。椛目ここのことをとにかく祈りに祈り続けられて、ね。お広前のごヒレイを本当に祈りに祈り続けられて、亡くなられた御霊様達はですね、いわゆる合同慰霊祭を一つ私なりに、いっぱいの思いを込めてから奉仕したいというふうに、まあ思うておりますが、ね。
そういう方達の縁の働きとでも申しましょうか、お祈り添えの中に今日の椛目が、合楽がございます。只今お祭りを仕える前に、丁度八時半いってるぐらいに終わった。でまあ引き続いてから今日のお祭りを、まさせて頂いておるわけでございますけれども、家族中のものがあちらへ出てまいりましてから、ね。お母さんが代表でお礼のお届けをさして頂いておりました。もうほんとに大変な十五年間ではあったけれども、ね。
先生もし私共に信心がなかったら、今頃はどういうような事になっておっただろうかというのが、お礼の一番のお言葉でした。もし信心がなかったら丁度今日はここで、あの早く参った方はあの孫の総一郎君が、あの玉串を上げましたが丁度、一番下のまあ先月去年でしたかね、去年高校卒業いたしましたサダミさんが、丁度四歳だったそうですからあのくらいです。その四歳の子供がもう十九歳にいわばなったわけです。
六歳であった子供は二十一歳になっておる。八歳であった子供は二十三歳。ねえ。十歳であった子供はもう二十五歳という成長のおかげを頂いて、しかも一人ひとりがもう本当に健康の上にも頭脳の上にも、精神の上にもそれこそ申し分言い分のないほどのおかげをいただいて、長男泉さんは本当にちった勿体なさ過ぎるぐらいな嫁さんを貰うて、孫まで頂いてその孫には私の名前をを頂きたいと言うてからやってまいりました。
それで上滝総一郎字も同じ。本当に上滝さん一家のことを思うただけでもです。もし信心がなかったらという事をです、思わせていただく時にです。お互い信心を頂いておるという事をそこまでの信心に一つ、信心の言うならば値打ちを高めていかなければならないと。ね。その信心の値打ちを高めるという事は、どういう様な事かと。信心をしておれば一年一年有難うなってくるとこう仰る。
一年一年有難うなっていくところの、それこそ八女郡一番の有難い貴方になりなさい。私は日本一の有難い私を願わして頂くというように、ね。その有難くならして頂く稽古を椛目では、日々私の有難うなって行く、新しい喜びを皆さんに聞いてもらっておるのです。皆さんもまたそこんところを精進して、日々有難うなる稽古をなさっておられるのである。どういう問題があっても問題を問題とせずに、ね。
その問題を通して信心を頂いていくという事。その問題を通して愈々有難うならせて頂く稽古をさせて頂くのである。その有難うならせて頂くというあの手この手と申しましょうか、ね。とにかく日々の改まりが第一であり本気で、本心の玉を研く事が大事であり、本気で修行をさせて頂くと言う事が大事なのである。今朝からの御理解をもう本当に私は懇々と聞いて貰うた。皆さんに長い時間をかけて今朝から聞いて貰うた。
ところが今朝あのやはり、堤 清さんが朝の御祈念に参っておられましたが、先生実はこういうような、あのお夢を頂きました。どういうような夢ですか。先生がですね誰々さんと結婚しなさいち言う、ね。自分なああた奥さんなござる、子供までおる中じゃけん躊躇するのは当たり前。もう絶対この人と結婚すりゃ幸せになるから、この人とは幸せになるから結婚しなさいと言いござる。ね。
先生、先生のお言葉ですけれども、まあちょっと今日一日考えさせて下さい。明日返事しますからというような意味のところで目が覚めたという。それで私は申しました。それはね今日の御理解ですよと私は申しました。今朝の御理解だったんですよと。私がこうしてああすればね、こういうおかげが受けられるんだと、こういう信心にならせて頂けばいつも神様と通う、通い合うことが出来るんだと。ね。
いわゆる神様との交流であり結合である。神様と一体になる稽古なのだと。神様が有難いお方ならば、やはり私共も有難うなっていかなければ一緒にはなれないのだと。という事を例えば私がね。この人と結婚しなさいと言うてもですちょいと待って下さいと、例えば言う様な事ではおかげにならんじゃ無いかと言う様な御理解なんです。次にどんな御理解でしたですね。あのああたまあいっちょお夢頂いとったもう一つのこと。
んん忘れたふっふそれが答えだったんですねまいっちょの。まあちょっと私も忘れたあっちも忘れたごた。とにかくですね。もうほんとに私がいう事をですね、もう本当に素直に聞かなきゃ。もう何十年何年椛目におかげを頂き合楽に続いても、ご信心の稽古をさして頂いておりましてもです。今日も福岡から清さんというあの鉄工所のご主人が、ご夫婦でこの毎週必ず日曜には参ってくるんです。
でその方は私が言うんですもう実に人物の方なんです。ところが貴方は人物だけれども、実に人間が善良なんだけれどもね、私のいう事を一つも聞かない。確かに嫁ごさんが、じろっと横目で見よんなさる。ほうら見なさい先生が見通しでしょうがち言うてから、言いよりなさいます。ね。もうここにお参りをしてから御理解を頂くでしょうがね先生、そすと帰りがけの自動車の中でね、ずいっとその御理解の解釈です。
先生はあげん言いなさったばってん、こげんがほんなこっじゃけん。(笑い)ふっふ、御理解にはあげん説いてあったばってん、ほんなこつはこげんぞと言うて、自分の思いを奥さんに教えていきなさる。もう先生もうほんとに見通しでございます。確かにですね、実は実に素直な善良な方なんですけどもね、教えにはいちいち反発をする人があるんです。私はその事を昨日気付いた。
田主丸から参ってくるある夫人の方がです。もう此の方は私は本当にもうちっと、性根の悪かっじゃなかじゃろかというぐらいにですね。人相もあんまり良くない。ま冷たぁい感じのですね、それこそ能面のような感じの人です。ところがお参りをしてくるたんびにおかげを頂くんです。二、三日前にお参りをされてからもうおかげを受けるんですね。三人の子供がですね、もうとにかく素直になって行くんです。
勉強しなかったのがするようになるんです。持病のような病気があったのが治ったんです。お客さんが多いんです。主人がこの頃大変喜んでくれるようになったち、そすともうとにかくそのもうそういうおかげを、もう続け越しに頂いていかれるんですよ。そして来たなら一言なっとん、御理解を頂いていきたいち言われる。この頃私は今日はほんなら、御道の信心の実意の、実意丁寧神信心という事をお話ししましょうね。
と言うて実意の事についてお話させて頂いた。ね。で私はそのお話をさせて頂いたら、先生もうほんとにこうやってお参りさて頂いてから、いちいち新しい事を頂かせてもらう。もう私どんが商売が繁盛しないはず、主人と仲ん悪かはず子供が言う事聞かなかったはず。もう実意丁寧なんて事は全然無かったですもんね。ほんとに横着であったわがままであった。今日からはその実意丁寧に本気で取り組ませて頂くと言うてです。
言われるから私が○○さん、貴方はほんとに素直な心を頂いていいですね、私のいう事を実に素直に聞かれる。貴方はねその素直な心を頂いておるという事をです。神様に改めて今日はお礼を申し上げなさらないけませんよと言ったら、涙をぽろぽろ流してですね、先生私は全然素直じゃございません。第一お客さんに主人に子供達でも、ひとっつも素直な母親でも、家内でもございません。
ところが先生ここへ参りますとです、先生の仰る事にだけはです素直に、ああそうだなぁっと思わせて頂けれるとこう言われる。確かそういう二つのタイプがあるようですねえ。もう自分は出来たごと思うとる。自分のしよるこつがほんなごつのごつ思うとる。だから先生の言わっしゃった事でも、先生はあげん言わっしゃったばってん実はこうじゃんねと言うて、家内に教えていくようなタイプとです。ね。
実は性根はあんまりまあ言うちゃ失礼ですけれどもですね、その済まんですけれどもですね、そういうような方があるんです。ね。ですからお互いがですほんならそう言う善良な人がです。ほんとに神様の前にも御教えにも忠実になり、素直に受けさせて頂けるようになった時こそが、鬼に金棒のおかげじゃなかろうかと私は思うのです。ねえ。もう本当におかげを受けなければいけませんですよ。ね。
昨日一昨日でした。一昨日、一昨昨日でした。やっぱり三十余りの婦人の人が参ってきた。丁度この上の内山造園に主人が勤めておるという方なんです。先生実は今日はもう折り入ってのお願いがあってまいりました。どう言う事でしょうか。先生おかげさえ頂きゃ、もう必ず明日お礼に出てきますけん、どうぞいっちょお願いばして下さい。ご祈祷して下さいという訳なんです。ほんならご祈祷ばしましょうどう言う事ですか。
先生実は私はあの自動車の試験ば受けげ行きよります。もう丁度十四回参りました。(笑い)私はここお届け帖に十四回ち書いちょる。ね。そして実地は出来た。ところがいつも出来ないのは学科のほうです。もういよいよ家のばばしゃまがあんたはもう、頭の悪かっじゃけんもうあんた、自動車の方だけは止めんのち言うた。もうあんた十四回も行っておかしかばのち言うちから、今日はもう色々言われた。
けどばばしゃま今日一遍やって下さいと言うて、私はもう心の中に合楽の金光さまにお願いして行こうと思うて、今日一遍やって下さいと言うて参りましたち言う。ほんならお願いしましょう。それから私が御神米を与えてもうとにかく何を言うても分からんから、とにかく金光様金光様を念じさせて頂いてから、受験させて貰いなさい。そしたら昨日昨日やったですかねえ、午前中にお礼に出て見えた。
子供一人連れてからお礼に出て見えられました。先生おかげ頂きました。はっは十五回目におかげで通った。しかも三十二人受けとっとに一番で通った。はっは直ぐ分かるそうですね一番で通ったと言う事は。帰ったら主人がほらぁもう椛目ん金光、合楽の金光様のおかげぞと言うてこのお供えは主人が作ってくれました。実は私はあの小さいお菓子とか日用品なんかを売っておられらしいんです。
今日はどうでんこうでん先生、あん商売繁盛ん札ば一丁下さいち言うた。(一同笑い)はぁほんならと言うて、今日は商売繁盛のおかげあのお札を上げましょう。うっふっふ(一同笑い)初めの間は言いなりですもんね神様は。ね。それで次にはもうああた自動車の運転が出来ますけん、一丁あのうふ交通事故やらなかごたる、あの交通安全の札も、いっちょついでにお願いいたします。
あ昨日上げましたでしょうがち私が言うた。そりがああたもうあんまり有難かったもんじゃけん、お座敷の真ん中の天井にこう張ったち。御神米を。(一同笑い)それば一生懸命こうやって拝みよりなさる。そしたら先生今朝方からからですね、一年生になる娘の子がお座敷をピシャっと閉めてしもうとるぎなもん。どうしよるじゃろかと思いよったぎなら、はっは閉めちしもうちから、天井ば一生懸命拝みよるげなもん。
あんたどうしよるのち言うたら、昨日母ちゃんが言いよったろが、試験が出来たち。金光様にお願いして出来たち言いよるけん、今日は試験のあるけん拝うで行きよるち言う。(大笑い)ね。おかげを頂くとですね。おかげを受けるとついて行かなればおられない、馬鹿らしい。椛目の方たちがですねこりゃもうほんとにあの、今度信徒会なんかがあって、椛目の人達がみんな、家族を上げて信心しよると言うたらですね。
嘘と言うでしょうもん。ところが椛目の場合はもう、みんな家族を上げて信心しよるとですけんね。今の今の方達は別としましてです。もう家族をあげて信心させて頂きよるからです、例えばこういうような事でも出来たんですよ。どんなに熱心に信心しておっても主人が反対する。家内が横を言う。ならもう絶対こう言う事は出来はしません。主人が言いよるなら家内が後ろから後押しをする。
さあ子供が頑張らんのと言って応援をしてくれるから出来るのです。ね。私はその話を聞かせて頂いてからです。本当におかげを頂いて有難いですなと。そん代わり今日はちっと私の話を聞いていって下さいよと言うて、初めてお話をさせて頂いた。ね。お札という事についてから、お守りでもなからなければお札でもない。けどもこれは自動車の中にお祭りさせて貰いなさい。
天井の上にしてあるとはそれを、どっか一番大事御床の間かどっかに、お祭りしてから、拝ました貰いなさい。ね。それがそのまま拝みゃ商売繁盛にもなりゃ交通安全のおかげにもなってくる。健康の上にもおかげになってくる。人間関係のどのような事の上にでも、おかげの頂ける神様じゃから、おかげをいただかにゃいけませんと言うて言うた事でした。ね。そういう例えばおかげを皆さんが受けて。
そういう信心が十年、二十年続いたところでです。例えば今日上滝さんがお届けをされるように、先生十五年続いた今日です十五年後の今日です、もう信心がなかったらと言うようなおかげにはなって来なかったと私は思うです。ね。上滝さんの信心が完璧とは言いません。熱心とも言いません。けれども確かに親先生の仰る事に対して、非常にこの人は忠実な方なんです。もう実に忠実なんです。ね。
そのところがです。私は今日のいわゆる上滝一家のおかげの元になっておったんだと思うのでございます。ね。お互いがです信心を頂いてなかったらと、何年後に言えれるだけの、おかげをいただかなきゃならん。その内容としてです一番初めに申しましたように、いよいよ暑さに向かいます。身体がだるうなる。ちょっとするともう寝冷えをしたりするような時期でございますから。
そこから病気になったり取り返しのつかない病気になるような事になって、人にまで迷惑を掛けなければならんような事になりますから、自分自身の心の中にです、今日私は朝体験をさせてもらった、あの小さいあの手毬が私の心の中にです、生き生きとして有難いものになって生まれてまいりましたようなです。真心の込め合い真心の尽くし合い。家庭の中に親は子に子は親に、家内は主人に主人は家内にです。
いわゆる真心の尽くし合いの中からです、どんなにきつかってもどんなに疲れて帰ってきてもです。家内の笑顔に触れたらもう疲れが一遍に取れるというようなです、真心いっぱいの言うなら百万両の笑顔というような笑顔でです主人を迎え、ね。また人に接して行くようなおかげを頂いていかねばならんというふうに思うのです。ね。そういう信心生活の中からです、ね。信心の徳を身に受けて、あれもおかげになって行く。
これもおかげになって行く、そして十年経ったら十五年経ったら、このようなおかげになりました。あの時にはそれこそ目の前が真っ黒なるような事ではございましたけれども、その事のおかげで、子供達がこのように立派に成長のおかげを頂きましたと言えれるようなおかげなのです。いわゆる難あって喜べ難はみかげなり。ね。その難を本当に喜んで受けられるだけの信心。その難を本当におかげにしていけれるだけの信心。ね。そういう信心を、いよいよ身に付けて生きたいものだと思います。
どうぞ。